伝承自然力

自然の摂理に逆らわない化粧品、日本の肌には日本のオリーブを

世界中でも栽培されている品種の数は、専門家の間でも議論がある所ですが、 1,000 〜 2,000種もあると言われています。世界各地の栽培家たちが、それぞれの土地に適した品種を何百年もの時を越えて、自信と誇りを持って育てています。
日本では、代表的な品種として、ミッション、マンザニロ、ネバディロ・ブランコの3品種が主に栽培されています。
それぞれに同じ品種であっても平地と山地、内陸と海岸部、北部と南部など地理的・気候的条件により、生産されるオイルにはそれぞれの特長がでてきます。

中国にも古くからある考え方ですが、地場で取れたものを地場で消費するのが自然の摂理にもかなっていてベストである: 「身土不二」というコンセプトからすると、日本人には日本でとれたオリーブオイルが一番合っている、ということになるかもしれません。

 

 

原料と全成分

化粧品の命は「水」と「油」化学成分で肌をだますことはお勧めしません

すこやかなお肌を保つためには、 バランスの良い水分と油分を補給して保湿性を高めることが必要ですが、実は本来お肌の表面では、汗腺から出る水分と皮脂腺から出る油分が自然にミックスされて、あなた専用の天然の保湿剤(NMF)が作られています。
鈴虫オリーブは小豆島特産の「オリーブ油」が基本ベースです。お肌の働きを応援するために足りない部分を補って、本当の美と健康にあふれたお肌を保つことを目的に作られています。ご使用に当たっては1度に多量お使いになるよりは少量を何回かに分けてお使い頂くほうが効果的です。

 

 

オリーブ歴史辞典

鈴虫オリーブの歴史

明治時代に保存食として政府が「まぐろの油漬けの缶詰」を開発しようとしていました。保存用に適した食用油を探した所オリーブ油が最適たと発見したのですが、当時の日本にはもちろんオリーブの樹なんてありませんでした。
そこで農務省主導のもと、オリーブ栽培に適すると思われる国内数カ所で試験栽培がはじめられました。そしてその中で最も適していたのが、温暖な地中海性気候を持つ小豆島でした。国が奨励していたこともあって、製造元現社長の祖父が小豆島でオリーブの栽培を始めたのが日本で初めてのオリーブ園でした。

大正末期には小豆島に現在の「小豆島オリーブ園」を始め今や樹齢80年を数えるというオリーブの樹もある農園に成長しました。製造元は天保13年(1842年)の創業で、初代島村冨次郎が髪油(水油、びん付けなど)を製造販売したのがはじまりでした、明治時代にかけて「紀州びん附」としてもてはやされ、オリーブを食用だけでなく、美髪料や美肌料として使えるのではとスキンクリームやスキンローション、香油などの多種類の鈴虫オリーブ化粧品を製造販売しています
明治時代にもてはやされた「紀州びん附」は、今なお、製造・販売され、大阪の新歌舞伎座近くの舞台化粧専門店で販売されています。
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